新型肺炎の対応に素朴な疑問として、先日16日に掲載しましたが、今日までの報道は、素朴な疑問を裏付けるような事実が見えてきて、疑問を持っても無理が無いよ、ということを知らせているようでした。
安倍晋三首相は2020年2月16日、感染症の専門家が集まる会議で「高齢者や基礎疾患のある人らが確実に必要な診療を受けられるように、国民に分かりやすい受診の目安の作成などについて議論してもらう」と述べた。何とこれが第一回目の専門家会議でした。
何とも遅すぎやしませんか。
16日の時点で、議論してもらう、ではなくて、もっと早期に、今すぐできる想定と対策、最悪の場合の想定と対策、ウイルスの想定特性と事実のデータからその防御、感染制御の担当組織の編成、など,現場を知る専門家に、教えを乞う謙虚さが必要だったのではないでしょうか。
未知の或いは猛毒のウイルス感染の一報から、ウイルス制圧までのシュミレーションと、システムの構築をすべきではなかったのでしょうか。適切にやっているというのでしょうが、結果は、適切にやっていないと言っています。この政権は何事もこのような感じです。
今度の感染症の初期対応に、政府全体としての功名心が見え隠れしているように思われてならないのです。
政権としてはこの問題をスマートに解決して、支持率アップにつなげたいと、思わなかったでしょうか。
厚労省としては、ここでうまく解決して、組織と官僚の力を見せつけたいとの、潜在的意識がないと言えたでしょうか。
現場を知る医師や、その他関係者の話や報道から、そんな感じがするのです。
一生懸命に危険を顧みず、頑張っている担当者や、感染してしまった担当者もおり、酷なことを言えないのですが、自分も含め誰でも持っている功名心には注意しなければなりません。
歴史や戦史を見てもトップや、指揮官の功名心が甚大な犠牲を生んだことは、否定できないでしょう。
謙虚さを持たない、その結果としての些細な言動や過ちが大きな失敗に繋がることは真理です。
どうも最初に専門家や、感染症の現場にくわしい人物たちを用意していないように感じていました。そしてつい何日か前に専門家会議を開くとか、感染研による検証などをしたいと言い出してきているので、やっぱりそうかと思いました。
感染研は優秀な人材がそろっていることは知っていますが、組織としては政治的判断をしそうに感じます。政府にずけずけ言えない組織や、有識者でなく、権力にも、国民にもずけずけ言えて忖度しない、現場や、研究でウイルスを扱う専門家を揃えて、意見を聞き公開することが肝要と思いますがどうでしょう。
人心を不安にさせるためと言って、うそやごまかしで済ませてはならないと思います。
それは、為政者の国民のためを思う心ではなく、自分自身のための理屈であろうと思います。真実を伝え、かつ国民を慌てさせない、落ち着かせることに、注力してほしいと思います。
3.11の震災やそれに伴う原発事故の処理について、「自民政権であれば、「あんなへま」はしなかった」(そのような意味だったと思いますが)、と言ったことを忘れてはならないでしょう。
もしかして、忘れていないからこそ、初期に政府独自で考えた方法と陣頭指揮で解決しなければならないと意気込んでしまったのかも知れません。
発した言葉は、何年もたってからでも形を変えてでも、発した者に戻ってくるものです。